正確な書評ではない。15年くらい前から本を読むようになって、タイトルも著者名もうろ覚えになっているものが多い。でも、うろ覚えなのに今でもふと思い出す話というのは、たぶん本当に刺さった話なんだと思う。(なぜ15年くらい前から本を読むようになったかは、また別の記事で書こうと思う。)
今回はその中でも、「生命力」「したたかさ」というテーマで、頭の中に残っている話をまとめておきたい。
うろ覚えの本に書いてあった、ある母子家庭の話
小暮太一さんの本だったと思う。何しろ小暮さんの本は5冊以上読んでいるので、どの本だったか正確には思い出せない。
内容もうろ覚えだけど、確かこんな話だった。
母子家庭の親が、パートで生活していた。生活が苦しくて、2つのパートを掛け持ちした。でも、それは勤め先の規定に違反するということで、辞めさせられてしまった。それで収入が途絶えて、生活ができなくなって……たしか、自殺してしまった、という結末だったと思う。
本の中では、それに対して「死ぬくらいなら、内緒で掛け持ちして働けばよかったじゃないか」という話だったと記憶している。
正直、これがどのニュースの話だったのか、本当にあった話なのか、今となっては確認できない。でも、「会社の規定」とか「ルール」みたいなものが、人をそこまで追い詰めることがあるという話として、ずっと頭の中に残っている。
ルールを守ることは大事だ。でも、ルールを守った結果死んでしまうのだとしたら、そのルールの方がおかしい。したたかに、内緒でズルくらいしてでも、生き延びたほうがいいんじゃないか。これが、くらげ父さんがこの話から受け取ったメッセージだ。
客先に向かう車内で見た、新人運転手の生命力
これは本の話ではなく、実際に見た話。
もう10年くらい前になる。くらげ父さんの取引先(A社、大企業)の元社員が立ち上げた会社(B社)があって、そのB社の人たちと一緒に、ある客先へ車で向かう機会があった。車には、A社からB社に天下りしたおじいさんと、A社の社員(取引先の人)、そしてくらげ父さん。運転していたのはB社の新入社員で、新人らしく、見るからに動きが悪く、要領も悪そうだった。
運転手が席を外した時、B社に天下りしたおじいさんと、A社の社員(取引先の人)が、こんな話をしていた。
「あいつ、全然だめでさ。情報処理の試験持ってるって言うから、ちょっとこの問題解いてみろって言ったら、全然解けなくて」
「情報処理持ってるんだろ?って言ったら」
「すみません、仕事が決まらなくて嘘つきました、って」
それでも、彼はクビにならず、何とかそのまま働き続けていた。
くらげ父さんはこの話を聞いて、正直「生命力だな」と思った。嘘をついてまで仕事を手に入れて、バレてもなんとか生き延びている。もちろん、合格した後に追いつくだけの努力をしなかったのは甘いと思う。でも、彼のその行動自体に、悪い印象は受けなかった。むしろやるなこいつと思った。
あの運転手が今どうしているのか、たまに思い出す。正直、B社がどこにある会社だったか、会社名もくらげ父さん自身もう覚えていないんだけど。
「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由
退職代行についての本も読んだ。テストステロンさんの『とにかく休め!』だったと思う(筋トレで有名な、ちょっと変わった人が書いた本)。
正直、最初にこの本というか、退職代行というサービスそのものを知った時は、「辞めるくらい自分の口で言えよ」と思っていた。どちらかというと、雇う側、企業側の視点で見てしまっていたんだと思う。
でも考えてみれば、会社だって大したことないし、会社に雇われているだけの上司がなんでそんなに偉そうにできるんだろう、と思うところもある。
辞めると言って、文句を言われるのも嫌だし、戦うのも嫌だ、という気持ちもわかってきた。実際にはやったことがないけど、「はぁ?うっせーよ。有給全部もらうぞ、この野郎。俺の評価とか知らねーよ、自分の評価が下がるのが嫌なんだろ!」くらい強く言ってやったら、向こうは意外と弱いんじゃないかと思っている。
その本では、退職を言い出す勇気を持って実際に動いた人に対して、「お前すごい」と肯定的に言っていた。これを読んで、自分の頭が硬かったというか、会社側の価値観にすっかり汚染されていたんだなと気づいた。
某有名企業で、若手社員が過酷な労働の末に心を病んで自ら命を絶ってしまった、という話は誰もが知っていると思う。詳しい経緯をここで語るつもりはないけど、これもきっと、「辞める」という選択肢があることすら、見えなくなってしまった結果なんだと思う。
死ぬくらいなら、別の仕事を探したほうがいい。普通に考えればそう思う。しかも、その某有名企業に入れるくらい優秀な人なら、辞めても引く手あまたなんじゃないかとさえ思う。「あんな激務に耐えていた」というだけで、評価してくれる会社はいくらでもあるはずだ。
パワハラという言葉が今ほど強く言われるようになったのは、ここ最近のことだと思う。指摘さえされなかった昔よりは、確実にいい時代になってきている。
ちなみに、ここまで人の話や本の話ばかりしてきたけど、くらげ父さん自身も激務やパワハラ、ブラック企業と呼べる環境を複数経験している。そもそも、くらげ父さんの新卒時代は就職そのものが大変な時代だった。50社近く受けて、ようやく1社内定をもらえたという感覚で、最初の就職先は、今のIT系の仕事とは全く関係のない業種だった。そこ自体はそこまでブラックというわけではなく、ただ体育会系な社風で、正直あまり合わなかった。
本当に激務だったのは、その後だ。あるソフトウェア会社では、月に2日くらいしか休みがなく、その間に徹夜も何日かあったというような時期もあった(さすがにその会社にいた間ずっとではなかったけれど)。パワハラもあったし、社会保険にも入れてもらえなかった。別の、金融系のシステム部(マネージャーも含めて社員3人)で働いていた時期は、時には2人で3交代制を回すこともあって、ほとんど16時間近く会社に拘束されていたんじゃないかと思う。しかも給料は安かった。今だから笑って話せるけど、当時はそれが普通だと思っていたし、辞めるという発想すら出てこなかった時期もあった。
その他にも、パワハラと呼べる経験はいろいろしてきた。今の会社でも、最初はパワハラをしてくる人がいたが、その人が解雇されてからは平和になった。
一番やばかったと思うのは、通勤電車の中で、自分が独り言をぶつぶつ言っていることに気づかなかった時。ふと気づいたら、あんなに混雑していた電車のはずなのに、自分の周りにだけ妙な空間ができていた。今思えば、相当やばかったんだと思う。
ただ、くらげ父さんには「辞める才能」があった。今の会社に来るまで、2年以上続いた会社が一つもない。思えば、部活や習い事も、続いたことがない。根性なしと言われたこともあるし、自分でもそう思っていた時期がある。でも、辞めることを才能だと思えるようになってから、見え方が変わった。辞める勇気がある人と、辞める発想すら出てこない人がいるなら、それは「根性の才能
」の差じゃなくて、「辞める才能」の差なんじゃないかと思う。だとしたら、辞めることは悪いことじゃない。才能を使っただけだ。
副業を持つことの強さ
パワハラや、給料がなかなか上がらないという問題への対処法は、また別の話として書きたいと思っている。今回はもう一つ、副業を持つことの強さについて書いておきたい。
副業があると、いざ戦って会社を辞めることになったとしても、収入が0にはならない。これが結構大きい。収入が途切れない安心感があると、不思議とパワハラしてくる人にも強く言えるようになる。だから、くらげ父さんは副業を持つことをすすめたい。
「忙しくて副業なんてできない」という人も多いと思う。くらげ父さんがやっているのは、社内の出世競争やポイント争いには参加しないこと。手柄を奪われるようなことや、誰かにはめられるようなことがあっても、基本的には放っておく。会社では最低限の力でやり過ごして、その分の力を副業に回す。
これをやってみて思うのは、意外と本業のほうも改善されていくということだ。力を抜いたことで、本業でムキになっていた頃より、結果的にうまく回るようになった気がする。
退職代行を使うのは、弱さじゃない
退職代行サービスを使って会社を辞める人を、今くらげ父さんは弱いと思わない。むしろ、行動力があって、調子がいいとさえ思う。
できるなら、辞めることを自分の口から言う気力すら奪われた会社から、有給や退職金などはしっかりもらってもらうように、代行会社に依頼したほうがいい。
退職代行は「逃げ」じゃない。次に進むための、前向きなムーブだ。だから、恥ずかしがらずに使えばいいと思う。
最初に話した、母子家庭の話を思い出す。「内緒で掛け持ちすればよかった」という話と、「退職代行を使えばいい」という話は、根っこが同じだと思う。ルールや正論を律儀に守った結果、追い詰められて潰れてしまうくらいなら、正面突破でなく、内緒でズルくらいしてでも、したたかに生き延びたほうがいい。
雑草みたいに、くらげみたいに。流されても、踏まれても、しぶとく生きていく。それでいいんじゃないかと思う。
くらげ父さん、今日も漂流中🪼
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